1: きつねうどん ★ 2018/05/13(日) 12:16:32.29 ID:CAP_USER
1980年代前半、2ストロークスポーツバイクの代名詞とも呼べる存在だったヤマハRZ250およびRZ350。
この排気量の違う2台はそれぞれ『ヨンヒャクキラー』、『ナナハンキラー』と呼ばれ、サーキット、峠、街中を走るバイクのほとんどがRZだったという程でした。

技術の粋を尽くして誕生したヤマハRZ250/350

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1980年式 ヤマハRZ250

カスタムベースとしての素性の良さが素晴らしい
Photo by Ronald Saunders 発売から大ヒットしたRZ250/350は、多くのパーツメーカーから注目され、コンプリートマシンやカスタムパーツが多数販売されました。

1970年代、オイルショックが起きたことでアメリカ環境保護庁は厳しい排ガス規制を提示し、国内2輪メーカー各社は北米市場向けの輸出車を2ストロークから4ストロークへと移していきました。
当時ヤマハは日本より市場規模の大きい北米向けのバイクの開発に力を入れており、4ストロークエンジン搭載車の開発力を高める一方で、欧州では多くのライダーが2ストロークのピュアスポーツを望んでいるという調査内容がヤマハ本社に届きます。

また、同時にヤマハの開発陣にも2ストロークを作りたいという気持ちが残っていたのです。
そこで、ヤマハが持つ技術のすべてを注ぎ込む集大成の2ストロークロードスポーツバイクを作り出すプロジェクトが始まります。
それはマーケティング優先の商品ではなく、開発陣が作りたいを考えていたGPレースで培ってきた技術の粋を詰め込んだ渾身のモデルでした。
もちろん開発陣が作りたいと思うものを開発するといっても、高額な素材を多用して高額なバイクを作るのではなく、2ストロークの良さを思う存分味わえるバイクを目標としていました。
そこで、市販レーサーTZ250/350に搭載された水冷並列2気筒エンジンを採用し、最高出力はRZ250で35PS、RZ350で45PSを実現します。
さらに2ストロークエンジンの素性の良さを生かすためにマシンの軽量化にも力を注ぎ、先代モデルとなるRD400に対しエンジン単体で12%も軽量。
フレームでは20%もの軽量を果たし、車体乾燥重量はRZ250で139kg、RZ350で149kgとなりました。
他にも、ロードスポーツバイクで初のモノクロス式リアサスペンション、夜間走行で十分な視界確保のための65/55Wハロゲンヘッドライト、軽量化に貢献するキャストホイール&チューブレスタイヤなど、当時最新の技術を詰め込み市場に送り出されたのです。
1979年第23回東京モーターショーで日本初公開

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1979年9月のフランス・パリショーで、RD250LC/350LCは世界初発表されました。

海外で販売されたRZ250/350は、車名を『RD250LC』と『RD350LC』に改められており、LCは水冷を意味するリキッド・クールの略名です。
そして同年10月に開催された第23回東京モーターショーでRZ250が日本初公開となり大きな反響を呼び、1980年8月の発売までに予約が殺到します。
翌1981年にはRZ350が登場し、日本国内にRZのようなサーキット専用レーサーモデルから技術がフィードバックされた『レーサーレプリカ』市場が確立されるようになりました。

ライバルに対抗すべくモデルチェンジして登場したRZ250R/350R

Yamaha_RZ350_of_1985

RZ250/350は登場後、ホンダMVX250、スズキRG250ガンマ、カワサキKRなどライバル車が続々出現。
これに対抗すべくモデルチェンジを施します。
そして1983年にRZ250/350がモデルチェンジを行い、車名に『R』が追加されてRZ250R/350Rとなりました。
市販レーサーTZ250/350譲りのダブルクレードル・フレーム、新設計モノサスペンション、フロントブレーキをダブルディスクへと変更され、中でも注目だったのがエンジンに『YPVS』を使用したことです。
これによりRZ250のエンジンは45馬力まで発揮し、国産250cc2ストロークバイクで最も高い出力値までパワーアップしました。
またRZ350は55馬力となり、チャンバーやキャブレターの交換で70馬力以上出せるエンジンだったことも相まってリッタークラスのバイクに負けない速さを誇っていたのです。

その後、1984年3月にはスタイリッシュなフルカウルを装備したRZ250RR/350RRが登場しました。

つづき
https://web.smartnews.com/articles/2G6WH15WLEk

引用元 http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1526181392/

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2: Ψ 2018/05/13(日) 12:20:34.78 ID:clh44NRr
これでホンダに喧嘩を売って、結局負けた。
アドバンでブリジストンに殴り込んで、あっさり返り討ちにあったヨコハマと同じ道。

3: Ψ 2018/05/13(日) 12:23:57.89 ID:sWRV5M1v
ガサツな作りと脱穀機並の振動と煙幕かよってレベルの白煙にはワロタw

18: Ψ 2018/05/13(日) 16:01:14.28 ID:R0sjKgdz
>>3
カワサキ三気筒の前でそれ言えんの?w

24: Ψ 2018/05/13(日) 21:57:45.84 ID:I5IO738+
>>18
MVXの前でそれ言えんの?w

4: Ψ 2018/05/13(日) 12:25:32.98 ID:o66SoNwz
元RZ250乗りが颯爽と登場
楽しいバイクだったよ

5: Ψ 2018/05/13(日) 12:31:40.22 ID:ABSrtcEt
ワクワクするバイクだったよね。

6: Ψ 2018/05/13(日) 12:32:15.55 ID:rkus97bC
何がナナハンキラーだよw
限定解除した免許を失いたくないそれなりの年齢のを相手にガキがイキってオラついても普通は無視するからw

7: Ψ 2018/05/13(日) 12:43:21.96 ID:wVaQpmpZ
発表後なかなか市販されず皆さんイライラしてた

8: Ψ 2018/05/13(日) 12:49:12.52 ID:d9BeqULj
くっそ軽いからなパワーあんのに
下りなんか歴然の差が出たよ
減速が奥の奥でも間に合う

10: Ψ 2018/05/13(日) 12:54:48.84 ID:wVaQpmpZ
数としてはその後ホンダが出したVTの方が多かった気がする。

11: Ψ 2018/05/13(日) 12:59:53.48 ID:wYSxzOGQ
RZ250の6000rpmからのドッカンパワー
在庫だった。全く止まらないオートバイで大垂水峠を走りまくってたわ

13: Ψ 2018/05/13(日) 13:12:09.04 ID:xDR3QOMz
VT250を(あのスペックで)誕生させた功績は大きい

17: Ψ 2018/05/13(日) 13:37:26.23 ID:RJh3c6kA
『サンハンライダー』
漫画のタイトルにはならんな

22: 夏厨 2018/05/13(日) 16:34:07.07 ID:gWgzLBBF
>>17
自分トコだと「サンパン」だったよ。。

19: Ψ 2018/05/13(日) 16:14:15.43 ID:d9BeqULj
煙幕ならちゃんとしているだろ
ブイガンなんか後ろ走るとシールドベタベタだったぞ

21: Ψ 2018/05/13(日) 16:25:10.88 ID:lD+xk7h8
>>19
タンデムで乗った後、服を洗濯してびっくり。
オイルの斑点が取れなかった・・・(´・ω・`)

20: Ψ 2018/05/13(日) 16:17:05.09 ID:wVaQpmpZ
>サーキット、峠、街中を走るバイクのほとんどがRZだったという程でした。

いくら何でもそれは大げさすぎますw

23: Ψ 2018/05/13(日) 16:41:17.10 ID:fgey77Dx
峠で下り最速だったRZ軍団を型遅れのRDで外から抜きまくったと言ってた人は
その後YAMAHAのワークスライダーになったよw

26: Ψ 2018/05/14(月) 01:02:25.74 ID:SHulFitD
RZは事故死が多いことでも有名だったな

27: Ψ 2018/05/14(月) 10:34:25.80 ID:1tdCJGMe
当時のインプレ本で読んだことある。

コーナーでやむを得ずブレーキを掛けたらノーズダイブするも
まったく起きる挙動がなくてそのままアウトへ・・・ってな癖があったんだと。